サイクロンによる被害者の数が発表されるごとに増えて行きます。
死者、行方不明者の数は合計すると七万人に迫りそうです、ミャンマーのサイクロン。
アウン・サン・スーチーさんの軟禁など、対立勢力を武力で封じ込めることで人権問題も含めて批判の多いミャンマー軍事政権ですが、今回のサイクロンはさすがに被害者救出と被災者援助に懸命のようです。
被害地区での選挙などは延期しました(全国で中止にしないあたりは日本人の感覚とは違いますが^_^;)。
それでも批判は相次いでいます。遅すぎると
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080507-00000023-mai-int
一口に大規模災害と言っても今回の被害はものすごいな、地球温暖化でサイクロンの勢いもかつてないほどのものが発生するようになったのかなと思ったのですが、サイクロンでの被害には今回をはるかに上回る記録がありました。
1970年のボーアというサイクロンが当時の東パキスタン、現在のバングラデシュを襲ったときの最大風速は118mでした。
このときの死者、行方不明者は推定35万人から55万人。(Wikipediaより)
推定ですからね、それでも、かなり少なく見積もっても30万人はなくなったのではないでしょうか。
島によっては全滅に近い状態だったようです。
島中の数千人が一夜で海にさらわれたとか。
その大災害に対する政府の対応が後手後手に回り、治安も崩壊してしまって東パキスタンは内戦状態に陥りました。そののちにバングラデシュが放棄し、国歌として誕生することになったのです。
38年前のパキスタンと現在のミャンマーでは状況が違うのかも知れませんが、ごく近い国家で、同じサイクロンによる自然災害がきっかけになって新国家が誕生したなんて、ミャンマー軍事政権は気が気ではないかも知れませんね。
ミャンマー軍事政権が人権侵害なんてしていない、民主主義にのっとった法治国家であると胸を張るのであれば、民衆に蜂起される恐怖のあまりに救援が後手後手に回らないように、こういう時にこそ大人の政権としての対応をお願いしたいものです。
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