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毘沙門天と冬至かぼちゃ

毘沙門天と冬至かぼちゃについて
このふたつ(みっつ?)にどんな関係があるのか
探してみましたが、先ほどの記事でも書きましたが

冬至はどうしてかぼちゃを食べるのか

この記事内で触れた福岡のお祭り、
ここでだけどうも毘沙門天と冬至かぼちゃが関係するようです。
そこでそれについて調べてみたら、
福岡昔話のサイトがありました。

発見!ふくおかむかしばなし

第14回「冬至かぼちゃと毘沙門天」
 中央区天神に毘沙門天が祀られた勝立寺があります。ここの名物は“かぼちゃ汁”と“ぎんなんご飯”。福博の人は冬至の日にはこれを食べ、厄除け、開運、勝利を祈る習慣があるのですが、今回のお話はその習慣が始まった由来を辿ります。1770年といいますから今より230年ほど前に、大阪を目指していた博多の商人・笠正兵衛が大荒れの周防灘の海上で不思議な体験をします。荒れ狂う海の中から出現したものは? はたまた“かぼちゃ汁”と“ぎんなんご飯”を食べる習慣とは?

ってことで、あの~すみません。
ここまでしかなくて、真実がわかりません。
んぢゃこういうことで
アセアセ...A=´、`=)ゞ

と言うわけには行きませんのでさらに探します。(笑)
あったあったありましたよ。

南瓜毘沙門天

江戸時代中頃、宝永七年、笠正兵衛という博多商人が難波に商いに行く途中、響灘で海難事故に遭った。正兵衛が日頃信仰する勝立寺の毘沙門天を一心に念じたところ、海中より南瓜と銀杏の柄杓を持って毘沙門天が現れた。その南瓜を食べて飢えをしのぎ、銀杏の柄杓で水を汲んで渇きをいやし、正兵衛の舟はどうやら無事に難波に着くことができた。博多に帰った正兵衛は、御礼に勝立寺に毘沙門堂を建て、冬至の日に参詣の人々に南瓜をふるまった。また境内に突き刺した銀杏の柄杓は、根付いて立派な銀杏の樹に成長した。

それ以来、銀杏ご飯とかぼちゃを食べるのが風習になったとか。

と言う風に記述がありました。
この話ですが、おそらくこの笠正兵衛という博多商人の商才でしょうね。

難破したのは間違いない事実なんだろうと思います。
そしてそのときに飢えをしのいだのが積荷の南瓜と銀杏だったのでしょう。
笠正兵衛という博多商人はこれをうまく話題に転じたのではないでしょうか。

どちらも保存が利く食べ物です。
その利点を強調して販売するのには最適の出来事だったのではないでしょうか?
日本にはポルトガルから伝わって「南京」と呼ばれ始めたばかりのかぼちゃ
これを広めるのにとても都合がよい出来事でしたから。


なんて考えすぎかなあ。

まあ、ともかくいわれがわかってすっきりしました。(笑)


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