北京五輪の聖火トーチのデザイナーでもあるピニンファリーナさんが・・・
ピニンファリーナと言えばイタリアの有名なカロッツェリアで、
現在の会長は
アンドレア・ピニンファリーナさんだが、
交通事故で突然他界されてしまった。
交通事故ってホントにあっけないなあ、まだ51歳、これから一花も二花も咲かせるところだったのに。
アンドレア・ピニンファリーナ、交通事故で死亡8月7日21時10分配信 レスポンス
フェラーリなどのデザイン開発・設計を手がけるイタリアのカロッツェリア、ピニンファリーナのアンドレア・ピニンファリーナ会長兼社長が、イタリア時間7日朝、トリノで交通事故のため死亡した。51歳だった。
アンドレア・ピニンファリーナ会長は午前8時過ぎ、灰色のベスパ・スクーターに乗ってモンカリエリの自宅からカンビアーノの研究センターに出勤途中、78 歳の男性が乗る赤のフォード・フィエスタと衝突。路上に投げ出された。アンドレア会長は、近くの病院に運ばれたが死亡が確認された。



フェラーリの名車たち、どれがなんだかわかりますか?
こちらはちょっと古いけれども有名なモデル。

こういう名車たちをデザインしたピニンファリーナの後継者の死亡、経営危機が叫ばれていた時期だったこともあり、痛すぎる事故だ。
目撃者によると、当時現場で荷おろしをしていたトラックで視界が悪かったという。
アンドレア・ピニンファリーナ氏は、ピニンファリーナ家の3代目。1981年トリノ工科大学を卒業し、1983年にピニンファリーナに入社。2001年に社長に就任した。 今年春までは、イタリア工業連盟の副会長も務めていた。
7日昼には、早くもジャンフランコ・フィーニ上院議長をはじめ、数々の政財界人から追悼のメッセージが送られている。フィアットのモンテゼーモロ会長も「大切な友人を失った」とコメントを発表している。
1974年に池沢さとしという人の書く「サーキットの狼」という漫画が引き金となり、スーパーカーブームという奴が始まった。
そのときに最も目を引いたスーパーカーと言えばランボルギーニカウンタックだったのだけれども、個人的には小学生のころにそのフォルムに一目ぼれしてポスターを買っていたフェrクァーリ・ディーノが大好きだった。
そのフェラーリのいくつものスーパーカーのデザインを手掛けていたのがカロッツェリアのピニンファリーナ。
でも、実は幅広い車のデザインを手掛けていて、日産の名車もピニンファリーナのデザインがあった。

これは今回のことで調べるまで知らなかった。
スズキセルボもジウジアーロデザインだったり、イタリアのカーデザイナーが日本車の造形美に与えた影響は大きい。
ピニンファリーナがその個性を失わないままに、自動車デザインの世界に引き続き才能を発揮し続けて行ってくれることを切に願う。
テーマ : カスタム - ジャンル : 車・バイク
タグ : ピニンファリーナ フェラーリ F40 ブルーバード 北京五輪トーチ
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