一番の被害者は小学生だよね・・・。
私自身が小学生だった昭和40年代、年配の先生には威厳があったし、
子供心にも彼らから教育への熱意と誇りも感じ取ることができた。
でもしか先生たちも一生懸命だったように思う。
金八先生が流行ってから教師もの全勢だった昭和50年代、
理想を追い求める教師の姿と冷ややかな一部の教師の姿、
対比的には描かれていたけれども、
やはり熱血先生たちの真剣さに期待する空気があった。
今の小学生たちはかわいそうだ。
「やっとまともな…」教員採用試験、受験者にやる気…大分7月19日13時5分配信 読売新聞
教員採用試験を巡る汚職事件で揺れる大分県の2009年度教員採用1次試験が19日、大分市内の県立高2校で始まった。一連の事件を受け、県教委は今回、試験事務の大半を県人事委員会に委託し、透明性を高めた。
県教委によると、社会人などの特別選考を加えた全体の出願者数は1805人。採用予定者数は127人で志願倍率は14・2倍。08年度試験(一般選考)の17・8倍に比べると大きく下がった。
事件の発端となった小学校教員の試験会場、大分豊府高には午前8時前から受験者が集まり始めた。受験者は午前9時から諸注意を受け、さっそく教養問題に挑んだ。続いて行われた作文は、前回までは県教委があらかじめ一つのテーマを決めていたが、今回から県教委が複数案を作り、当日に県人事委がその中から1題選んで決めるやり方に改めた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080719-00000018-yom-soci
ひょっとしたらこのようなコネや金による教師採用の裏工作は
ずっと昔からあったのかもしれない。
だが、教育委員に連関する誰もかれもが
その仕組みに参加するような、
こんな世の中ではなかったはずだ。
ちょっとでも裏口合格とか、そういう操作ができる地位に就いた人は
軒並み手を染めているように見える大分県の今回の騒動。
もちろんもっとさかのぼればもっと節操のない金とコネの時代は
あったのかもしれないが、ディスクロージャーの今の時代に
みんなでそろってやるということが何を生み出すのか、
かつての教育者であればそこを考えて毅然として誘惑をはねのけたであろうに。
小学生たちが一番の被害者だというのは、
小学校の先生というのは子供の鑑であり、
社会人の代表の人格であるという点においてだ。
鑑である、代表である自分たちの先生が
試験でずるしてその地位に就いたにせものである。
大人の代表がにせものだと開示されて、
大人つまり社会人は信じられないということに、
最初のサンプルがそれではそうなってしまうだろう。
偽物に教えられて自分たちは学び、
育ったということで自分自身にも誇りを持てない。
偽物の精神と考え方を叩き込まれた自分。
(裏口合格した先生たちのレベルが
実際低いかどうかはわからない、
むしろ尊敬すべき人格者である可能性もあるとしても)
そしてずるをしちゃいけないよと
道徳心を教えてくれたその当の本人がずるの塊。
熱中時代 DVD−BOX / 水谷豊フィンランドでは先生という職業はみんなの憧れだという。
それは未来を担う子供たちを育てるという、
教師という仕事は最も尊敬されるべき、
価値の高い職業であると思われているから。
日本でも本来は
「三歩下がって師の影を踏まず」
だったはずだよね。
いつのまにか
「安定して生きていくことのできる公務員の一つの形態」
になっている。
どこまでさかのぼって考えれば、
尊敬され、みんなが憧れる職業として
学校の先生の地位を高められるのだろうか?
敗戦で崩壊して再構築させられた教育が、
日本の戦前の教育や軍国主義を否定することに走るあまりに、
その中にあった良い部分まで否定してしまったのが遠因なのかな。
天皇陛下も人だった。
学校の先生も、軍人も、人だった、みんな平等だ。
それはそれで真実なんだけれども、
教えてくれる人も教えを請う側も対等であるべきだ
と言う感覚はまちがいだと思う。
先生は先生として、生徒は敬意をもって接するべきだし、
先生には尊敬されて見下ろす地位についていていただきたい。
そしてその地位につくからには自分に対して厳しく、公明正大であるべき。。。
そうは言っても、むずかしいよねえ、
誰にもゆとりがなくなってきているのだから。
安定して生活するために公務員を目指す、
その一つの形に教員という立場があるというわけだから。
どうしたらいいんだろう・・・?
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